1,000円カットから思う、人それぞれ価値観があること

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よく考えると、この数年1,000円カットしか行っていません。それも有名なチェーン店ではなく、ローカルのおじさんとおばさんの所です。お客さんは老若問わずと言った感じです。世間にはこんなに安いところもある一方で、10倍するところもあり、両商売が成り立っていると思うと、人それぞれ違うんだなと感じます。

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1,000円カットから価値観を勉強

同じ事でも価値が違う

1,000円カットと、10,000円くらいのカットで違うのは、最も違うのがスピードです。情報社会の昨今、速さが全てです。散髪屋に1~2時間も時間を費やしていては、時代に乗り遅れます。ってのは嘘ですが、時間は明らかに違います。

私は丁寧よりスピードを優先します。丁寧さ=時間がかかると感じますが、時間をかける行為に価値があると思わないからです。一方で、雑にされるくらいなら、月に1度のことだから丁寧に時間をかけてしてもらいたいと思う人も当然います。

時間をかけて丁寧にして欲しいと思う人も居れば、長い時間使うのはダラダラされていると思う人もいます。この場合「スピード」に対する価値観が真逆になっているとも言えます。

バックグラウンドの違いが影響か

人間は残念ながら、生まれた瞬間から平等ではありません。才能や素質がある人は当然存在します。散髪に関しても同じです。

例えば、私は若干くせ毛です。そんなに縮れるほどではありませんが、若干毛先が巻く感じのくせ毛です。その為、大概の虎刈りをしても分からないのです。ガタガタに切られても、毛が巻くので目立ちません。一度、自分で切った事がありましが、誰も気づきませんでした。

良いように言えば、雑に髪を切られても問題ない、生まれ持っての才能があるのです!逆に言えば、高いお金を払って髪を切っても、格好良くなる素質なし???です。無駄な努力・不要な出費と思います。

ベースが違うと選択肢は異なりますし、選択する際にも影響を及ぼします。

求める結果も違う

仕事の世界でも、結果重視の人がいますが、散髪でも同じです。「ただ、髪切るだけじゃん!」と思う人と「格好よく仕上がるべき」と考える人もいます。

求めることが違うなら、手段も当然違いますよね。そして、求めることが違うなら、良し悪しで言えば、両者とも「良し」であるべきです。「悪い」は求めた物と違う物が出た場合です。

例えば、高額な散髪屋で格好良く丁寧に仕上げてもらうことを期待していたのに、雑にされた場合は、悪い結果となります。これを1,000円カットの場合は、必ずしも悪いとは言いません。ただ、速さを求めて、遅い場合、丁寧であろうが雑であろうが、悪い1,000円カットとも言えます。

自分の求める物が返ってきて初めて「良い」となり、期待と違うと「悪い」となります。

まとめ

結局は自分の期待したことに近い結果を得られると感じる事に価値を見出しているのですよね。定期的な活動である散髪を1つ考えても、「スピード」「丁寧さ」「格好よさ」「値段」などなど、人の求める価値観が違います。

これを全てできて、全ての人が満足する散髪屋があるのでしょうか?
ありません!!

人の価値観は千差万別である限り、全てを満たすものなど存在しないし、作りようがありませんよ。ただ、1人でも多くが共感してくれる事に喜びや価値を感じるのかもしれません。一方で、誰も共感しなくても、自分の価値観を持つのは大事だとも思います。

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